端午の節句に食される料理と言えば、かしわ餅・ちまち(粽)が一般的ではないでしょうか。
実はこれ、地域によって違うってご存知でしたか?
また、なぜ端午の節句にかしわ餅やちまきを食べるのか、その意味や由来もご紹介します!
端午の節句に食べるのはかしわ餅?ちまき?どっちが正解?
端午の節句に食べるのは、かしわ餅・ちまき、どちらも正解です!
では、なぜかしわ餅派・ちまき派に分かれているのでしょうか?
それは、東西文化の伝わり方の違いにあります。
平安時代に中国から端午の節句が伝わったと同時にちまき(粽)も一緒に全国に広まりました。
その後、都が東京に移り江戸時代には縁起の良いかしわ餅が主流となったのです。
そのため、江戸(東京)を中心に、関東の方ではかしわ餅、関西ではちまき(粽)を食べるようになりました。
端午の節句の料理!かしわ餅を用意するのはなぜ?食べる意味や由来は?
端午の節句であるこどもの日が近づくと、お菓子屋さんにかしわ餅が並び始めますよね。
つぶ餡やこし餡のものがあったり、地域によってはみそ餡があるところも。
白いお餅で包んだものや、よもぎを練り込んだお餅もあったりと様々です。
そんなかしわ餅ですが、なぜ端午の節句に食べるか、その理由や由来をご存じですか?
それは”かしわ”の意味を紐解くと、その理由が見えてきます。
かしわの木の葉っぱは、新しい葉が育つまで枯れない・また葉が落ちないため「新芽(子供)が生まれてくるのを見守ってから古い葉(親)は朽ちていく」ということにかけて、「子孫繁栄」「跡継ぎが絶えないように」という願いが込められています。
また、かしわは信じにも使われるおめでたい木で、葉には食中毒を防ぐ役目もありますので、だんだん暑くなってくる5月に心配な食中毒の予防という点でも理にかなっています。
このように、子供の健康を気づかい、家族の幸せを願う気持ちから、端午の節句にかしわ餅を食べるようになったのです。
端午の節句の料理!ちまきを用意するのはなぜ?意味や由来は?
ちまき(粽)は中国から伝わったものですが、その由来は端午の節句の由来そのものにも通じています。
およそ2300年前の中国に、屈原(くつげん)という詩人がいました。
屈原は国王の側近として仕え、その正義感や人柄から民から慕われる人物でしたが、陰謀により失脚し国を追われることとなります。
その後、国の行く末に失望した屈原は川に身投げをしてしまいました。
その日が5月5日だったそうです。
民衆は屈原の死を大変悲しみ、川に沈んだ屈源が魚に食べられて傷つかないように魚に米を食べさせるため、また供物を投げ入れて弔いをしました。
しかし、せっかく川に捧げた供物も、屈原のもとに届く前に悪い龍に盗まれてしまいます。
そこで、龍が苦手にしている楝樹(れんじゅ)という葉でもち米を包み、邪気を払う5色(赤・青・黄・白・黒)の糸で縛ってから川へ流すようにしたところ、無事に屈原のもとへ届くようになったそうです。
これがちまき(粽)の始まりとなって、中国では5月5日にちまきを作って災いを遠ざける風習ができ、端午の節句となってちまきとともに日本に伝来しました。
”ちまき”と呼ぶのは、茅(ちがや)の葉で包まれていたことから「ちまき」と呼ばれるようになったのです。
最近では5色の糸で結ばれたちまきはなかなかありませんが、この5色(赤・青・黄・白・黒)は鯉のぼりの吹き流しの色にも反映されています。
かしわ餅とちまき(粽)については、我が家でも見事に意見が割れました!笑
関東生まれの私は、端午の節句・こどもの日と言えばかしわ餅以外に知らなかったですし、北陸生まれの夫はちまきだと主張していましたよ~。
県外出身同士だと、時々このような文化の違いが見られます(笑)
ただ食べるだけじゃなく、その由来や意味も知りながら、ぜひ子供と一緒に端午の節句を楽しんでみてくださいね!